うつ病は世界的に重大な健康問題の 1 つであり、多面的なメンタルヘルスの状況で、その診断と治療は大きな課題となっています。世界的に見ると、成人の 5%1、10 歳から 14 歳までの青少年の 1.1%、15 歳から 19 歳までの若者の 2.8%2 がうつ病に罹患していると推定されています。これは、うつ病に苦しんでいる人が世界中で数百万人に達していることを意味し、公衆衛生上の重大な懸念事項となっています。
うつ病の診断は単純な作業ではなく、普遍的に適用できる手順も存在しません。これは、うつ病の症状が人によって異なるためです。特定の症例のうつ病を診断する臨床的方法もありますが、これらのツールは必ずしも個人のメンタルヘルスの状態を完全に把握できるわけではありません。大半の評価において、医療従事者は患者自身の感情や体験の説明に大きく依存しています。これは、自身の内面の感情状態を正確に表現することが患者に求められるため、困難を伴う場合があります。とりわけ精神的苦痛を経験している患者にとって難しいことがあります。
この課題に対処するため HippoScreen はインテル® AI アナリティクス・ツールキットとインテル® oneAPI ベース・ツールキットを活用したストレス EEG 評価 (SEA) システムを開発しました。これにより、医療従事者はメンタルヘルスの状態をより正確かつ適時に診断できるようになります。
うつ病の診断と治療における課題への取り組み
最近の統計によると、精神疾患を抱える人の約 50% が、助けを求めてから最初の 1 年以内に適切な診断や治療を受けていません3。精神衛生の管理と転帰の改善には早期介入が不可欠であるため、この遅れは長期的な影響を及ぼす可能性があります。
特に専門的なケアが限られている地方では、メンタルヘルスの専門家がほとんど存在しないことが大きな障害となっています。精神科医や心理学者の数が不十分であるため、メンタルヘルスの評価の需要が供給を大幅に上回っており、長い待ち時間や診断の遅れが発生しています。さらに、既存の医療専門家が多数の案件を抱えていることが、迅速な評価と正確な症状の解釈の提供能力を妨げている可能性があります。
「HippoScreen は、Scikit-learn 向けインテル® エクステンションと PyTorch 向けインテル® オプティマイゼーションのソフトウェア最適化を活用し、当社がカスタマイズした EEG 脳波分析システムにおける AI モデルの構築時間を 2.4 倍高速化することができました」— HippoScreen NeuroTech Corp. 最高技術責任者、Daniel Weng 氏
もう 1 つの課題は、症状の誤認や複数の疾患が併発している場合など、そまざまな要因がある中で個人が正確な診断を受けられるようにすることです。メンタルヘルスの状態は、薬物乱用や身体的疾患などの外的要因が影響を及ぼす可能性があり、複雑な症状を示すことがよくあります。さらに問題を複雑にしているのは、複数の具体的な疾患で症状が重なっている可能性があり、医療従事者が正確な診断を迅速に特定することが困難になっている点です。
これらの課題は、メンタルヘルス評価の利用可能性を高め、待ち時間を短縮する革新的なソリューションの必要性を浮き彫りにしています。さらに、機械学習アルゴリズムを診断手順に組み込むことで、大量のデータセットをより効率的に分析し、類似症例で観察されたパターンに基づいて個別化されたインサイトを提供できるようになるため、臨床医の支援につながります。
AI を最大限に活用して、うつ病の診断を改善
HippoScreen の SEA システムは、これらの課題に解決策をもたらすために設計されました。SEA システムは、医療従事者がメンタルヘルスの状態をより正確に診断する手助けとなります。患者の自己評価のみに依存する従来の方法とは異なり、HippoScreen は脳波テクノロジーを使用する独自の手法を採用しています。この手法では、個人の脳波分析を通じて患者の認知状態を識別するために、リアルタイムの行動処理を最大限に活用します。SEA システムでは、データ取得と信号処理のための EEG アンプ、テストプロセスを管理する GUI (グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)、データ分析のための AI アルゴリズムを組み合わせています。SEA は、90 秒間の脳波信号を解析することで、患者がうつ病を発症している可能性を客観的かつ定量的に表す数値評価指標を提供します。
AI の力を活用し、事業全体のアプリケーションを加速。インテル® Xeon® 搭載の AI が、どのように機能するかについて説明します。
このソリューションはデータの前処理、特徴抽出、特徴選択、分類子で使用されるさまざまなアルゴリズムを最大限に活用することで、望ましい結果を達成するように設計されています。これを達成するため、HippoScreen はほかのヘルスケア向け AI ソリューションも直面しているいくつかの課題に取り組む必要がありました。主な課題としては、実際の臨床用途における適用性を確保するための AI モデルの一般化、データの品質を維持するための厳密なテストプロセスの設計、データの変動を確実に AI モデルが処理できることの保証などが挙げられ、これは正しい成果を得るために不可欠です。その結果、これらのアルゴリズムの組み合わせの中から最適なパラメータと最適な特徴セットを見つけるため、数日間かかる場合もありました。この点において、これらのアルゴリズムの効率性の向上は重要であり、最適化された結果をタイムリーに提供するための鍵となる可能性があります。
この部分でインテルは、HippoScreen が脳波 AI ベースの SEA システムで使用するディープラーニング・モデルの効率性と構築時間を改善する上で重要な役割を果たしました。
インテルによるアルゴリズムの効率と診断精度の向上
HippoScreen は、インテル® AI アナリティクス・ツールキットとインテル® oneAPI ベース・ツールキットの使用により SEA ソリューションを最適化し、ディープラーニング・モデルの効率、パフォーマンス、精度を向上させて、重要な診断結果の提供時間を短縮することができました。
HippoScreen の開発プロセスでは、さまざまなアルゴリズムとモデルを組み合わせて独自の決定因子を策定しています。このプロセスの中核となるのは、固有のニーズに合わせて特別に設計された HippoScreen 独自のアルゴリズムの活用です。HippoScreen は独自のアルゴリズムに加えて、インテルが最適化した PyTorch のディープラーニング・モデルを統合しています。これには SCCNet、EEGNet、Shallow ConvNet などのモデルが含まれます。これらの高度なモデルは、膨大な量の情報を処理し、従来の分析方法では明らかにできなかったパターンを特定できるように設計されています。
システムの能力をさらに強化するために、インテルの scikit-learn による従来の機械学習アルゴリズムも組み込まれています。Kmeans、サポートベクター分類、サポートベクター回帰などのアルゴリズムは、データ分析のための強力で実績のある技術をもたらします。こうしたアルゴリズムとモデルの多様な組み合わせが、EEG データの特徴分析に使用されます。これらのさまざまな手法の統合で、より包括的かつ微妙な分析が可能になり、最終的には独自の決定因子の策定につながります。この決定因子は、独自のアルゴリズム、ディープラーニング・モデル、従来の機械学習アルゴリズムの相互作用から生まれたもので、HippoScreen のメンタルヘルスの診断における革新的な手法の集大成となっています。この手法では以前より正確でタイムリーな診断が期待でき、数えきれないほど多くの患者で治療の転帰を改善する可能性を秘めています。
HippoScreen のディープラーニング・プロセスを変革したもう 1 つの重要なツールが、インテル® oneAPI マス・カーネル・ライブラリー (インテル® oneMKL) です。このライブラリーは、機械学習アプリケーション向けに特別に設計された高度に最適化された数学関数を提供します。oneMKL により、HippoScreen のモデルは複雑な数学計算をより高速に実行できます。結果として貴重な処理時間を短縮し、HippoScreen はより大規模で正確なディープラーニング・アーキテクチャーを構築できるようになります。
HippoScreen は、インテル® Extension for TensorFlow* や PyTorch* 向けインテル® オプティマイゼーションなどのフレームワークを使用することで、業界をリードするライブラリーと事前学習済みモデルを利用できるようになりました。これらのフレームワークは、高度な API、広範なドキュメント、そしてその改善に積極的に貢献している多数の開発者のコミュニティーにより、高度な AI アルゴリズムを開発に強固な基盤を提供します。これらの実績あるフレームワークを使用することで、開発プロセスを効率化するだけでなく、幅広いハードウェア構成との互換性が確保され、HippoScreen の AI ソリューションを多様な環境に容易に統合できるようになりました。さらに、予測分析機能を通じて HippoScreen は顧客のニーズや行動を予測し、競争優位性を得ることができています。
うつ病の診断を適時かつ効率的に実施するパフォーマンス向上を実現
HippoScreen の SEA は、インテル® AI アナリティクス・ツールキットおよびインテル® oneAPI ベース・ツールキットと、AI ワークロード向けのインテル® プロセッサーのパワーを最大限に引き出すことで、2.4 倍のパフォーマンス4 向上が可能になりました。これは、HippoScreen の SEA の効率を高め、診断時間を大幅に短縮するために必要な最高のパフォーマンスしきい値を達成する上で重要な役割を果たしました。
全体として、インテルの AI ツールとフレームワークは、HippoScreen の SEA が高度な分析機能でその可能性を最大限に引き出すのに役立っています。HippoScreen はインテル® VTune™ プロファイラーを活用し、異なる OpenMP ライブラリーを使用した同社およびインテルの python* 環境における論理 CPU 数とソフトウェア・スレッド数の合計について、詳細なインサイトを得てきました。この徹底的な分析は、システムのパフォーマンスを理解し、最適化すべき領域を特定するのに役立ちました。
HippoScreen とインテルの python 環境の両方で、インテル® VTune™ プロファイラーはスレッド数を減らすことを推奨しています。この推奨は、いずれのケースでもスレッドの過剰予約 (論理 CPU の総数よりも多くのソフトウェア・スレッドが割り当てられ、CPU の使用効率が低下する状況) が観察されたことに基づいています。HippoScreen は推奨に従ってスレッド数を調整し、パフォーマンスと CPU 使用率のバランスを取ることができました。この調整プロセスでは最適なスレッド数を特定するため、慎重なテストと分析が実施されました。これはパフォーマンスが最大で CPU 使用率が最小となる「スイートスポット」であり、その結果として 2 倍パフォーマンスが向上しました4。
このバランスの特定は、HippoScreen が CPU に過剰な負担をかけることなくシステムのパフォーマンスを最適化できるという点で、大きな成果であったと言えます。これによりシステムの効率が向上しただけでなく、CPU に不必要な負担がかかるのを防ぐことで、ハードウェアの寿命が延びる可能性もあります。
現実的な利点の提供
HippoScreen の SEA は、インテルの AI ツールとテクノロジーのパワーを効果的に活用することで多大な利点を得て、その運用能力と全体的なパフォーマンスにおいて極めて重要な進歩を遂げました。その主な利点の 1 つは、脳波のパターンを研究し、さまざまな認知状態を理解する能力が向上したことです。AI のパワーを活用することで、研究者は注意力、記憶力、感情など複雑な神経学的現象をより深く掘り下げて解読できるようになりました。インテルの AI ツールとテクノロジーが提供する高速処理機能では、大量のデータをより効率的に分析できるため、複数の要因が脳機能に与える影響の理解に画期的な進歩をもたらしています。
さらに、この統合により研究能力が向上し、ヘルスケアや教育などの分野での実用的な応用に向けた期待が高まっています。例えば、医療従事者はこの高度な分析プラットフォームを活用して認知障害をより正確に診断し、治療中の患者の経過を正確に追跡できます。正確な診断と経過観察ができる能力は、より効果的な治療計画と患者の転帰の改善につながる可能性があります。教育分野では、生徒一人ひとりのニーズにより効果的に対応する個別学習体験の開発に、これらの新たなインサイトを活用できます。認知機能に影響を及ぼすさまざまな要因を理解することで、教育者は個々の生徒に適した指導方法と戦略を調整し、学習成果の向上につなげられる可能性があります。
まとめ
HippoScreen の SEA に対するインテルの AI ツールの統合は、神経診断における変革的マイルストーンです。HippoScreen AI とインテルの協力関係は、新しいテクノロジーが脳波を効果的に監視する能力をどのように強化できるかを実証しています。神経学における目覚ましい進歩です。インテル® Extension for PyTorch と scikit-learn 向けインテル® エクステンションのようなプラットフォームが提供するパワーとインテリジェンスを活用することで、研究者、臨床医、患者はスクリーニング精度の向上、迅速な処理時間、個々のニーズに合わせた早期介入戦略による患者ケアの向上といった利点を得ることができます。
HippoScreen について
HippoScreen Neurotech Corp. (HNC) は、Compal Electronics が支援する台湾のスタートアップ企業です。同社は、脳波 (EEG) 信号処理と人工知能テクノロジーを柱として、EEG 支援医療診断ツールの開発を進めています。同社独自の EEG アンプは 2020年末に FDA 510(k) をクリアし、TFDA の審査を完了。2021年3月には医療機器としての使用が正式に承認され、台湾で開発・製造された初の医療用 ECG アンプとなりました。HippoScreen は、台湾の 3 つの医療センターと提携し、世界最大規模の臨床うつ病に関する ECG ベースのセンター横断型データベースを構築しました。うつ病診断を補助するために設計された AI ソフトウェアであるストレス EEG 評価システムも、2023年11月に TFDA の承認を受けて登録されています。