エグゼクティブ・サマリー
株式会社 NTT データグループは、サステナブルな社会の実現に向けて、ソフトウェアのグリーン化に取り組んでいます。同社は、第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーの OPM 2.0 およびインテル® Xeon® 6 プロセッサーの E-cores アーキテクチャーの省電力性を、Java 製ウェブ・アプリケーションを用いて検証しました。その結果、OPM 2.0 と E-cores アーキテクチャーの双方において、消費電力と電力当たりの性能で高い効果が得られることを確認しました。
NTT データグループのサステナビリティー経営
NTT データグループは 2023年より持株会社体制に移行し、持株会社の名称を株式会社 NTT データグループに変更しました。現在、国内事業会社を株式会社 NTT データ、海外事業会社を株式会社 NTT DATA, Inc. として事業を展開しています。
NTT データグループでは、2022年度からスタートした中期経営計画 (2022 ~ 2025年度) において「サステナビリティー経営」を掲げ、未来に向けた価値をつくり、さまざまな人々をテクノロジーでつなぐことで、お客様とともにサステナブルな社会の実現を目指しています。長期的な視点を持ったサステナビリティー経営に向けて「Regenerating Ecosystems 未来に向けた地球環境の保全」「Clients’ Growth サステナブルな社会を支える企業の成長」「Inclusive Society 誰もが健康で幸福に暮らせる社会の実現」の 3 つを軸とした「Realizing a Sustainable Future」をスローガンに定めました。それぞれの軸にマテリアリティー (重要課題) を設定し、SDGs への貢献に取り組んでいます。
マテリアリティーの 1 つには、社会やお客様の脱炭素に向けたイノベーションを創出して気候変動問題の解決に貢献する「Carbon Neutrality」があります。グローバルで加速するネットゼロ (温室効果ガス排出量の実質ゼロ) に向けた取り組み要請の高まりや、持ち株制への移行に伴う事業拡大を見据えて 2023年には「NTT DATA NET-ZERO Vision 2040」を策定し、2040年までにサプライチェーン全体で温室効果ガス排出量実質ゼロを目指す方針を打ち出しました。
「ロードマップとして、自社のオペレーションにおける直接・間接排出量 (Scope1、2) については、データセンターで 2030年、オフィス・その他を含めた自社全体で 2035年までに実質ゼロ、サプライチェーン全体 (Scope1、2、3) ではお客様やサプライヤー企業との連携により 2040年までの実質ゼロを目指します」 (株式会社 NTT データグループ、技術革新統括本部 Innovation 技術部 IOWN 推進室、末永 恭正 氏)
世界の IT システムと脱炭素
一方、世界の IT システムと脱炭素に目を向けると、CO2 排出量は増加傾向にあり、2030年には IT 分野の消費電力が世界全体の 20% に達するという試算もあります。ここ数年の生成 AI の急速な普及などにより、データセンターの消費電力が急増しており、これを上回るペースでの増加も予測されています。IT 分野全体の中からソフトウェアの領域を切り出すと、CO2 排出量は世界全体の 4 ~ 5% とされ、これは鉄道、船舶、航空のすべてを合わせた排出量に相当するという調査報告もあります。
「こうした背景もあり、IT 調査会社の Gartner の最新レポートにおいても、CIO の IT ガバナンスの一要素にグリーン IT を挙げており、経営者としては無視することができない状況に置かれています」(末永 氏)
IT のグリーン化に向けた構成要素と打ち手の現状
IT システムにおいて温室効果ガスの排出源は、エンドユーザー端末、データセンター、クラウド、ソフトウェア、IT サービス、通信と広く分布しており、打ち手は構成要素ごとに異なります。削減対策としては、ハードウェア、データセンター、クラウドに偏っているのが現状で、ソフトウェア領域については未成熟とされています。ソフトウェア領域の排出構成比は、データセンターと同等の 18% 程度あるという調査結果もあり、実装の最適化、低消費電力のフレームワーク導入、環境に配慮したチューニングの実施といったグリーン化に向けた対策は、今後の有望領域と考えられています。
ソフトウェアのグリーン化に対する NTT データグループの取り組み
こうした世界的潮流を受けて、NTT データグループでもソフトウェアのグリーン化に取り組んでおり、その 1 つに「Green Software Foundation (GSF)」での活動があります。GSF は、2021年5月に Linux Foundation の傘下に設立されたグローバルな非営利団体で、インテルや Microsoft など世界的 IT ベンダーのみならず、金融・保険業界や教育分野、政府機関などさまざまなバックグラウンドをもつ世界中の企業・団体が加盟しています。同団体は、パリ協定で定められた「2030年までに ICT 分野における温室効果ガス排出量を 45% 削減」への貢献を目標とし、ソフトウェアによる CO2 排出量の削減に必要な開発標準やツール、ベスト・プラクティスの策定と普及展開をミッションとしています。
NTT データグループは、GSF に運営メンバーとして参画し、組織運営から仕様策定、OSS 開発まで幅広く貢献しています。2024年9月には世界のサステナビリティーを推進するテクノロジー・エグゼクティブが率いる非営利団体「SustainableIT.org」が運営するアワードで、IT のサステナブル化に貢献したリーダーや組織に与えられる「SustainableIT Impact Awards 2024」を受賞しました。
また、NTT データグループ独自のグリーン IT に関する R&D では、複数地域のデータセンターを一括りにし、最も CO2 排出量の低い地域を動的に選択して実行する処理基盤や、アプリケーションの消費エネルギーと CO2 排出量を確認できるダッシュボードなどを開発しています。さらに、ハードウェアの有効活用に向けて、ソフトウェアの消費エネルギー観点での動作効率を上げるための研究や、エネルギー効率の高いハードウェアの活用ノウハウの蓄積などにも取り組んでいます。
「こうした背景を受けて、今回は第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーの省電力モードである『OPM 2.0』の有効性と、インテル® Xeon® 6 プロセッサーの電力効率を重視した『E-cores』の適用性を検証することにしました」(末永 氏)
インテル® Xeon® プロセッサーの省電力関連機能の効果検証
NTT データグループは、OPM 2.0 の有効性確認と、E-cores の適用性確認に向けて、エンタープライズ領域で利用実績が多い Java 製ウェブ・アプリケーションを用いて検証を実施しました。検証の詳細は以下のとおりですが、ポイントは消費電力を CPU 単体でなく、筐体消費電力全体で評価している点にあります。
「NTT DATA NET-ZERO Vision 2040 におけるデータセンターの CO2 排出量実質ゼロや、お客様に対するサステナブルな IT システムの提供を考慮すると、CPU だけでなくシステムボードや冷却ファンなど、ソフトウェアを実行するために必要なすべてのハードウェア・コンポーネントを含む消費電力を対象とする必要があります。そこで、NTT データグループがお客様に提供するシステムとして採用事例も多い Java 製ウェブ・アプリケーションにおける、サーバー全体の省電力効果を検証することにしました」(末永氏)
- IT の GHG 排出源は広く分布しており、打ち手は構成要素ごとに異なっている
- 現状ではハードウェア、データセンター、クラウドに偏っており、ソフトウェア領域は未成熟とされている
- 一方で、ソフトウェア領域の排出構成比は 20% 程度あり、今後の有望領域と捉えられる
(1) 第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサー: OPM 2.0 の有効性確認
- CPU: インテル® Xeon® Platinum 8558P プロセッサー
- OPM 2.0 の有効 / 無効の 2 パターンに対して、消費電力とワット当たりの性能 (Performance / Watts = 消費電力当たり性能) を評価
- 全 CPU コアの使用率が 90% 前後の高負荷の場合と、40% 程度の低負荷の場合で比較し、OPM 2.0 の効果および副作用の有無を確認
(2) インテル® Xeon® 6 プロセッサー: E-cores の適用性確認
- CPU: インテル® Xeon® 6746E プロセッサー
- P-cores 採用の第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーとインテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) で消費電力とワット当たりの性能 (Performance / Watts = 消費電力当たり性能) を評価
- 全 CPU コアの使用率が 90% 前後の高負荷の場合と、40% 程度の低負荷の場合で比較し、E-cores の効果および副作用の有無を確認
※プロセッサーは、インテルが置き換えとして推奨する SKU を選択
検証の実施と検証結果
●検証方法
- NTT グループ共通のアプリケーション開発フレームワーク (Macchinetta: マキネッタ) の実装サンプル・アプリケーションである、航空会社予約ウェブシステム 「ATRS (Airline Ticket Reservation System) 」を利用。座席の空席検索を行う REST インターフェイスに対して高負荷をかけ、サーバー筐体全体の消費電力を測定
- データベースとアプリケーションは相乗りで構成
- すべてのコアに対して均等に負荷をかけるため、データベースとアプリケーションを 1 セットとしたインスタンスを 4 つ用意。Linux の taskset コマンドでそれぞれのインスタンスを別々の物理コアに割り当ててデプロイする
- 消費電力は PDU (電源タップ) から試験対象サーバーが接続されているソケットのデータを SNMP (Simple Network Management Protocol) 経由で取得する
●検証スケジュール
- 2024年7月 ~ 8月: 検証環境の準備、測定環境のチューニング
- 2024年8月 ~ 9月: 本番検証の実施
●測定方法
第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサー (P-Cores、OPM 有効・無効) とインテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores、OPM と同等の機能有効) のパターンに対して、負荷を変えながらの消費電力と消費電力当たり性能を測定。1 パターンの測定は 3 回実施し、平均値を計測結果とする
●検証結果
(1) 第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサー: OPM 2.0 の有効性確認
OPM 2.0 の無効と有効の比較では、高負荷時 (CPU 使用率 90%) の消費電力に差はありません。40% の低負荷時では、無効時と比較して約 7% の消費電力の低減が確認できました。絶対値でみると、362.7W から 337.6W へと 25.1W 低減しています。消費電力当たり性能は、高負荷時ではOPM 2.0 の無効と有効で差は見られず、40% 負荷時では、約 8% の向上を確認できました。
(2) インテル® Xeon® 6 プロセッサー: E-cores の適用性確認
P-cores 採用の第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサー (OPM 有効) とインテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) の比較では、高負荷時 (CPU 使用率 90%)、40% の低負荷時ともにインテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) で消費電力の低減が確認できました。高負荷時で約 41% 減、40% 負荷時では約 51% 減となり、絶対値でもそれぞれ 167W、171W の低減を確認しました。消費電力当たり性能でも、高負荷時で約 69%、40% 負荷時で約 89% と、どちらもパフォーマンスの向上を確認できました。
●考察・まとめ
(1) 第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサー: OPM 2.0 の有効性確認
今回検証したワークロード (Java 製ウェブ・アプリケーション) においては OPM 2.0 を有効にすることで、低負荷時において消費電力の低減効果が得られることを確認できました。
「削減の度合いとしては約 7% ですが、絶対値で 25W 下がっている効果は大きいと感じています。例えば、24 時間 365 日稼働するようなアプリケーションの場合、1 時間に 25W の低減だとしても長い期間で見ると大幅な省電力化に貢献していることになります。なおかつ、CPU 単体でなく、筐体全体の効果として確認できたことが、今回の検証を実施した意義があると感じています。また、OPM 有効時でも今回のワークロードでのピーク性能に影響がなかったことは非常にポジティブでした」(末永氏)
(2) インテル® Xeon® 6 プロセッサー: E-cores の適用性確認
インテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) においては P-cores 採用の第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーと比較して、消費電力と消費電力当たり性能の双方で、高負荷時と低負荷時ともに高い効果が得られることを確認できました。シングルコア性能を重視する必要がなく、筐体消費電力を第一とする場合なら、インテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) を用いることで、アプリケーション性能を犠牲にすることなく運用時の消費電力を削減できる可能性があることを意味しています。
「インテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) に対して、当初はパフォーマンスを犠牲にして省電力を実現しているのではないかと考えていました。しかし、予想に反して性能に全く影響を与えることなく消費電力の低減を実現したことは驚きに値することでした。特にウェブ・アプリケーションをどれだけ電力効率よく実行しているかの指標となる消費電力当たりの性能において、P-cores 採用の第 5 世代インテル® Xeon®スケーラブル・プロセッサーと比較して倍増に近い結果が得られたことは大きなインパクトがありました」(末永氏)
総括と今後の展望
今回の検証により、NTT データグループの主戦場である Java 製ウェブ・アプリケーションの開発においては、OPM 2.0 を有効にしたり、インテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) を使用することで、温室効果ガスの排出削減に貢献し、サステナビリティー経営に寄与できることが確認できました。今後は実際のウェブ・アプリケーション開発プロジェクトに適用しながら、恩恵を享受していくことになります。
「サステナビリティーを意識するようなウェブ・アプリケーションの開発であれば、インテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) で十分と考えています。シングルコア性能が求められるようなケースでは P-cores 採用のインテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーを使用することになりますが、この場合も OPM 2.0 を有効にすることで効率の向上が期待できます。今後は、消費電力を重視するケースではお客様に対してもインテル® Xeon® 6 プロセッサー (E-cores 採用) を提案しながら、NTT DATA NET-ZERO Vision 2040 で策定した温室効果ガス排出量実質ゼロに貢献していきます」 (末永 氏)
OPM 2.0 (Optimized Power Mode) とは
インテルが独自開発した電力を最適化する動作モードのことで、第 4 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーより OPM として搭載されました。第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーでは OPM 2.0 となり、さらに強化された電力を最適化する動作モードとなっています。具体的な機能としては、負荷に応じてアンコアのクロックを落とすなどの複数手法を用いてコア以外の消費電力を落とし、消費電力当たりの性能向上を図るというものです。第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーで OPM 2.0 を有効にした場合、負荷が 30 ~ 40% のレベルで 2 ソケット構成のパッケージ消費電力を 66W ~ 110W 削減することができます。
E-cores と P-cores
PC 向けのプロセッサーでは 2021年発売の第 12 世代インテル® Core™ プロセッサーから、性能重視の P-cores と電力効率重視の E-cores の 2 種類のコアを採用するハイブリッド・アーキテクチャーに対応しました。サーバー向けプロセッサーでは、第 4 世代 / 第 5 世代インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサーまでは性能重視の P-cores のみを採用していましたが、インテル® Xeon® 6 プロセッサーから、従来どおり P-cores を採用したモデルと E-cores を採用したモデルの両方がラインナップに加わりました。P-cores は、性能を重視してシングルスレッドのタスクを処理するように最適化されています。E-cores では電力当たりの性能および面積当たりの性能に優れたコアを多数搭載することにより、マルチスレッド性能の向上と消費電力の抑制を両立しています。
ワークロードとして、P-cores は HPC や AI など計算負荷の大きい用途や、シングルコアの性能を求めるようなアプリケーションに最適です。E-cores は 1 コア当たりの性能をそれほど求められないウェブサービスや、複数のサービスを組み合わせて 1 つのアプリケーションを構築するマイクロサービスなどに適しています。